「石の上にも三年、いったん就職したら最低でも三年間は転職するようなことはダメだ!」
お父様から厳しくそう言われたとしょんぼり顔のKさん。
今春から晴れて大手メーカーに就職が決まり、今は希望に胸を膨らませているのかと思いきや、意外や意外、そうでもないというのです。
「まだお仕事始まっていもいないのに、もう転職のこと考えているの?」
そう尋ねる私にKさんは答えました。
「別に今から転職考えているわけじゃないけど、入ってみないとわからないじゃないですか。合わないかもしれないし、変な人いるかもしれないし。だったらさっさと転職した方が時間の無駄にならないですよね。」
なるほど、今時と言うか、私たちの時代には転職=負け組という暗黙のレッテル貼りがありましたが、今や転職は当たり前の時代。学生時代から起業する人もいるのですからそういう考えもあるのかもしれません。
しかし、あまりにもKさんがあっけらかんと言うので、私はいくつかの質問をしてみました。
「『合わない』『変な人』って、どんな世界にでもあると思うんだけど、Kさんが転職を考える臨界点はどこにあるの?」
そんなことは考えたこともなかったという様子でポカンとしているKさん。
そこで私は続けました。
「私も転職何度かしているし、『ここは私の居場所じゃないな』と思ったこともあれば、『もう限界』と思って決断したこともある。けど、胸を張って言えるのは、どの時にも『逃げていない』ということ。」
「逃げる?」
「そう。逃げてないの。誰からって、自分からね。人がどう判断するかは関係ない。自分で『逃げていない』と堂々と言えるかどうかって、すごく大切なことだと思うんだよね。
たった1週間しかやらなかったバイトでも、精一杯やることやって、あらゆる努力もして、それでも違うと思ってバイト辞めるのと、『こんなのやってらんない』って放り投げるように辞めるのとでは天と地ほど違うと思うんだよね。精一杯やったこと、努力したことは、後になって必ず大きな実になる。今は分からなくっても、それは間違いないよ、絶対に。」
「部活とおんなじですかね・・・」
「部活?そうかもね。朝練とか先輩の訳の分からないしごきとか、それにどういう心構えで臨むかで、レギュラーになれるか試合に出れるかは関係なく、得たことって、それは山ほどあるんじゃないかなぁ。」
「部活は辞めてやる!と思ったことが無いではないけど、けど、続けて良かったと思っています。確かに、あの4年間の色々な出来事は僕の財産だな。」
「お父様がおっしゃる『石の上にも三年』は文字通り3年間はそこにいろという意味ではなく、『3年間も必死で努力したら何かしら得られるものがあるに違いない、だから簡単に放り投げるな』という意味合いじゃないのかなぁ。たとえ3年どころか5年、10年在籍しても、適当に過ごした時間では得るものは限りなくゼロに近いだろうしね。」
「なるほど、そういう意味だったんですね。全く、父の表現は分かりづらいんですよ。」
「今からこういうことは普通にあると思うよ。言葉の表面の意味だけを捉えるのではなく、言った人の真意を読み解いてみる。そうすると面白い発見があったり学びがあったり。それが社会でやっていく上での智慧となっていくのかもしれないよ。」
「そうなんですね。分かりました。『石の上にも三年』ですね。」
あと2週間余りで社会人生活のスタートを切るKさん。
いえKさんばかりでなく、これから新社会人として新たな船出を迎える人は、期待と不安と・・・
もしかしたら不安の方が大きいかもしれません。
もし、迷ったら、悩んだら、『石の上にも三年』を思い出してみてください。
「我慢しろ!」という意味ではありません。
できること、やるべきことを全部やっているか? と自分に問うてほしいのです。
その中には周囲に相談する、アドバイスを受ける、敢えて耳に痛い言葉も受け入れてみる、などの事柄も含まれます。
逃げるのは簡単ですし、その瞬間は楽になれます。
しかし、一旦逃げ癖がついてしまうと、その次も、またその次も、何かがあると人は易きに流れやすくまた逃げてしまうというものです。
どうか逃げないでほしい。
逃げ癖、負け癖をつけないでほしい。
ゆっくりで構わないので、あなたのペースで一歩一歩進んでいってください。
それでも困ったら・・・
どうして良いか途方に暮れてしまったなら・・・
いつでも私はあなたのために扉を開けて待っていますよ。