誰だって変わることができる

楽しんでいますか?

「昔はあんなにテニスが好きだったのに、いつの頃からか、ラケットを見るのも嫌になって。」
「でも、今日は思いっきり楽しめました!」

勝つことを義務付けられたテニスプレーヤーが、かつての心境を振り返り、今また「好き」という気持ちを思い出してプレーを楽しむことができた。
こんなインタビューは、テニスに限らずスポーツの場面ではよく聞かれます。
いえ、スポーツに限らずとも、何かの研究チームだったりトップ営業マンからもしばしば同様の話が聞かれます。

純粋にそのコトを楽しめているうちは何の問題もありませんが、次第に責任や義務がついてきて、プレッシャーがのしかかってきて、いつの間にかそのコトが嫌いになっていたり逃げたくなってしまったり、ストレスでイライラして周囲に当たってしまったり、挙句の果てに体調を崩してしまったり。
「楽しむ」をキープし続けるのはなかなか難しいものです。
けれどもテニスプレーヤーにしても他のスポーツ選手にしても、営業マンでも他の人でも、「楽しむ」をもう一度思い出して、再び楽しむことができるようになった時、皆、「復活!」とばかりに笑顔を取り戻し、イキイキとしています。

かく言う私も実は、この「楽しむ」を忘れて高熱を出し、おまけに声まで出なくなって散々な状態でした。
自分が望んで両親を田舎から引き取り、介護を楽しむと決めて楽しんでいたのに、この頃ではストレス満載。
介護から学ぶマネジメントのヒントは山ほどある!と楽しんでいたのに、この頃では、マネジメントは未来への成長が望めるけど、介護の未来は衰退しかないと、後ろ向き発想に囚われ・・・。
私が発する雰囲気が恐らく暗~かったのでしょう。
「楽しまないと!」
そう思い出させてくれたのは友人の一言です。
さりげなく声を掛けてくれ、そして「楽しむ」気持ちを失っていることを思い出させてくれたのです。

グルグルドツボにはまっている時には「楽しむ」という発想にはとてもじゃないけどなれません。
誰が何と言っても自分は一番の被害者であり、可哀想な人物でしかないのです。
私が「楽しむ」を思い出せたのは、義務や責任感とか、そういうことは全て一旦横に置き、
「両親を引き取りたいと思った理由」すなわち、私のアクションの最初の目的を思い出すことができたからです。

介護とマネジメントの違いを上げたらキリがありません。
それでは楽しむどころではありません。
そうではなく、マネジメントへ活かせるようにどう考え方を自己変換して介護から得た気づきをマネジメントへのヒントにするか。
それこそが「楽しむ」の第一歩です。

そんなことはすっかり忘れて被害者になりきっていた私、
思い出させてくれた友人に感謝しかありません。
ありがとうね、Aさん。

どんなに好きなことでも苦行に変わる時ってありますよね。
いつもいつも順調に物事が進むとも限りません。
そんな時にこそ「楽しむ心」を忘れずに、思い出したいものです。
あなたは今、あなたのミッションを楽しんでいますか?

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