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すぐにNO!を言わないで

30代後半まで、仕事においては私は実にYes、Noをハッキリと言うタイプでした。

「申し訳ございませんが、そのリクエストは大変難しいと思われます。」

「生憎ですが、既にキャンセル待ちもお受けできない状況です。」

出来ない、不可能と分かっている事をあいまいな言葉でごまかし、だらだらと結論を先延ばしにするよりも、ダメなものはダメと早く事実をお伝えして、思考を切り替えていただく、または代案を検討していただく方が、はるかにお客様にとっても関係先にとっても良いと信じて疑っていませんでした。

当時の支店長から「お前は何でもかんでもすぐにノーと言う。いったん受け止めるということが何でできないんだ。言われる相手の気持ちを考えたことがあるのか。」と何度も注意されました。しかし、当時の私は支店長の言っている事の方がおかしいと頭から決めつけていたので、右から左へと聞き流し、全く相手にしていませんでした。本当に素直さのかけらもない傲慢なヤツでした。

 

ある大きなお得意様のツアーの添乗で2週間のスペイン・フランスの旅へ行くことになったのですが、支店長も同行することになりました。内心「面倒くさいなぁ。支店長と一緒だなんて。」ととても強く思っていましたが、お客様の手前、支店長を立てることもしなければいけません。ツアー中は生意気な口をたたくのも暫しの我慢。支店長の言うことには素直に従おうと心に誓いました。

ツアーも半ばに差し掛かり、スペインのグラナダへ滞在していた時のことです。翌日利用予定の航空便がストライキでフライトキャンセルになり、早朝便へ急遽振り替えることになりました。振替便に乗るにはホテルを朝5時半頃に出発しなければなりません。夕食の席でお客様に事情を説明し、明日は早朝出発になること、朝食は軽食のお弁当をホテルに用意してもらうことをお伝えしました。

するとお一人のお客様が、「パン食は飽きた。胃も疲れてきて食欲がわかない。おにぎり弁当用意できないの?」とおっしゃいました。

ここはグラナダ。しかも既に時間は夜の9時を過ぎています。何を言い出すんだ、このお客様は!と思いましたが、支店長との約束を思い出しました。

「大変難しいとは思いますが、念のためホテルに交渉してみます。」とお答えしました。

さすがに支店長もこんなことは無理だと分かっています。「よく踏みとどまったな。団長には後で、やっぱり駄目だったと私から伝えておくから。」と言いました。

 

支店長にこう言われて、私のへそ曲がりの虫がムクムクと起き上がってきました。

「いえ!99%ダメだと思いますが、念のためホテルマネージャーに掛け合ってみます。」

一度言い出したら聞かない私の性格をよく知っている支店長は呆れ顔で私を見送ってくれました。

 

ホテルの回答は当然のことながらNoでした。何を言っているんだこの日本人は! と言う感が明らかに出ていました。近くには日本食をデリバリーしてくれるお店もありません。あったとしてもとっくに閉店の時間。ダメだと分かっていても悔しい。それに、わがままを言ったように見えたお客様の後ろには、「そうだったらどんなに嬉しいか」という表情をした他の皆さんのお顔が見て取れました。

「厨房にお米はあるでしょ? 今から私にそのお米と塩を分けてくれないかしら。そして、厨房を少しの間借りることができたなら、私がお米を炊いておにぎりを作るわ。あなたたちの手は煩わせないから、何とかお願いできないかしら。」

マネージャーは私のあまりにもの勢いに驚いていましたが、やり取りを聞いていた厨房のシェフが「よし! 手伝うよ。教えて。」と言ってくれました。

それから私はグラナダのホテルの西洋鍋でお米を炊き、60個余りの塩むすびを握りました。具も何もない、のりも巻いていないただの塩むすびです。シェフがゆで卵を作ってくれました。サンドイッチが入るはずだった紙のボックスにおにぎり2個とゆで卵1個をそれぞれ詰め、すべての準備を終えた時には出発の時刻まであとわずかでした。

 

朝、迎えのバスに乗り込むときに、塩むすびのお弁当をお一人お一人のお客様に手渡ししながら人数確認をしました。全員が揃いいよいよ出発と言う時、ホテルのマネージャーとシェフが笑顔で私たちに手を振り見送ってくれました。

「彼らのお陰でおにぎりが用意できました」と皆さんにお伝えすると、「おにぎりが食べたい!」と最初に口火を切ったお客様が、二人にお礼を言いにバスを飛び降りました。

私が握ったおにぎりだとは誰一人、支店長さえも知りません。それでも、皆さんが外米のパサパサのおにぎりを笑顔で本当に美味しそうに食べる様子を見ていると、ただもうそれだけで私は胸がいっぱいになり、あの時「そんなことは無理です。サンドイッチで我慢してください」と言わずに本当に良かったと、心から思ったのです。

 

Noを言うことは簡単です。もちろん、Noとハッキリ言った方が良い場面もありますし、その場合には躊躇せずにそう伝えるべきです。

しかし、0.01%でもわずかなYesの望みがあるのであれば、いったん保留にすることで、何かが起こる可能性もあることを、私はグラナダのこのケースから学びました。

「いったん受け止める」ということは、相手の想いを受け止めるということだと思うのです。

Noと言えない日本人は困りますが、何でもかんでもNoでは困ります。

仮にNoと言うにしても、相手の気持ちに寄り添って誠実に答える。そんな人としての温かさを常に忘れずにいたいと思います。

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