誰だって変わることができる

損した方が得をする

並んでいた列に割り込まれた
乱暴な運転の車に泥はねをかけられた
チームプレーのはずなのにスタンドプレーの仲間に成果を独り占めにされた

普通に生活しているだけでも「損した~」とか「なんだよ~」と思う事は沢山あります。
同様にビジネス現場においても「えぇぇぇ~、なんで私が・・・」とか「とんだとばっちり」という事があると思います。

私は会社員時代は「本当によく貧乏くじひくよね」と周囲が憐れむくらに「えぇぇぇ~」ということがよくありました。
入社2カ月余りでチームの先輩全員が出張で不在となり留守番をまかされ、おまけにクレームが発生して、何も分からない中、半べそかきながら対応したこと。
頑張って頑張ってようやく手にした成果が何故か上司ひとりの栄光になっていたこと。
メンバーとチームを守るための行動が一部の人に誤解を招いてしまい、大人のイジメにあってしまったこと。

他にももっともっとたくさんあります。
どれもこれも今振り返ってみてもほろ苦い思い出のものもあります。しかしそれと同時に、貴重な経験であったとも思っています。

入社間もない留守番とクレーム対応では、どんな仕事をしなければ留守時に仲間やお客様に迷惑をかけるのかを学ぶことができました。クレーム対応は小手先ではなく誠心誠意真心を尽くすことが何よりも大切だという事も入社早々に学ぶことができ、お陰で私のちょっとした自慢は、大きなクレームを起こしたことはないということです。
一時の成功を手に入れるためにメンバーの手柄を横取りすることで、チームにどんな影響を与えるかを学びました。
良かれと思ってしたことでも誤解を招いてしまう事もあり、自らの行動に冷静さと緻密さが足りなかったことを学びました。更に、イジメを受ける側の気持ちを身をもって体験することにより、大人のイジメの陰湿さを理解し、どんな傷を相手に与えることになるのかも学びました。

その瞬間瞬間で、「損してるね」と傍目には見えている状態でも、起こっている事実と正面から向き合い、そこから何かを学ぼうとすることで、その時々にとても大きな気づきや学びを得ることができ、結果的には実はとても「得をしていた」ように思います。
一方、仕事を残していった先輩や大人のイジメをしてしまった人たちが何を得たかと想像すると、その瞬間での一時的メリット以外は気まずさや後悔などのネガティブな感情であり(人によってはそれもないかもしれません)、私以上に何かを得ることができたとは到底思い難いのです。

今日も車を運転していた時、目の前に無理矢理割り込んできた車がありました。
一瞬、「え?」とは思いましたが、「そんなに急いで・・・。事故起こさないでね。割り込んで入れてもらった時には、ハザードつけて御礼を言わなきゃ。」などと冷静に思う事ができました。「うんうん。ムッとしていない私って偉い!」などと一人自画自賛して。
目の前の割り込んだ車は反対車線のファミリーレストランの駐車場に入っていきましたが、急ブレーキを踏む音が聞こえてきました。
「だから言わんこっちゃない。安全運転でね。」と心の中で呟きました。

「あ~、もう!全くぅ!」と目先の損を嘆いたりボヤいたりするよりも、損をしているのではなく学びの機会が訪れたと捉え、「損してラッキー!さて、ここから何を学びましょうか?!」と考えたほうがはるかに有益です。

損してラッキー。損した方が得をする。

こんな風に思う事が出来れば、日々のちょっとしたアンラッキーな出来事も逆に楽しむことができるのではないでしょうか。

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