どうにもこうにも気持ちが乗らないというか、一歩踏み出す、いえ、何かをしようにもなかなかやる気が出ない時というのはあるものです。
朝、頑張って起きて会社へ出勤したものの、仕事に対して前向きになれず、「そろそろ外出の時間だよ~ キン・コン・カーン♪」と出動命令のようなチャイムが鳴り響いても営業に出向く気がせず、何となくダラダラと外出の準備をする振りをしてみたり・・・
そんな時、「今日は一緒に回ろうか」と誘ってくれた先輩がいました。
「良かった。助かった~」
内心そう思いながら、「はい」と返事をして先輩について向かった先は、先輩の一番のお得意様のところでした。
ノーアポでの突然訪問だったにもかかわらずお客様は快く先輩と私を迎えて下さり、他愛もないおしゃべりを20-30分ほどしてその会社を後にしました。
「で、これからどうする?」
先輩が私に尋ねます。
「どうすると聞かれても・・・」
困って私がうつむいていると、「山手線一周回る?」と聞かれました。
「え???」
驚く私に先輩は続けます。
「まだ1件だけど、コーヒーでも飲むか。休憩、休憩。」
そう言って、静かで落ち着いた雰囲気の、昔ながらにサイフォンでドリップした美味しい珈琲を入れる喫茶店に連れて行ってくれました。
「今日はダメだ~。気分乗らないと思ったら、よくここでコーヒー飲んで、ノートに絵描いて時間潰ししたりしてるんだよ。山手線一周したこともあったけど、あれはなんか、僕には合わなくって。ここのケーキも美味いよ。今日はご馳走してあげるから、好きなの食べていいよ。」
そう言って、先輩は自分用にはザッハトルテをオーダーし、私にケーキのメニューを勧めました。
「どうしてですか?」
心の中をまるで見透かされているかのような先輩の振舞いに、私はたまらずに質問しました。
「誰だって、気分の乗らない時はあるさ。人間だもの。365日常に走り続けるのは無理だよ。いろいろな考え方があると思うから、課長や支店長がどう考えるかはわからないけどさ、やる気が出ないときに無理してなんかしても、良い結果なんか出るわけないと、僕は思うんだよね。だったらちょっと休憩して英気を養って、エネルギー補給できたらその後で頑張ればいいんじゃないかなぁ。」
「私、どうしてやる気が出ないのか、その理由もよくわからないんです。焦る気持ちはあるんですけど・・・」
「僕だってあるよ。そんな時は。」
「え?先輩も?」
トップ営業マンの先輩のカミングアウトに私はびっくりしてしまいました。
モーレツ営業マンだと思っていた先輩にもやる気が出ない時があるなんて。しかも、その理由が分からないだなんて、私とおんなじだ~。
それまでは遠い存在だった先輩が一気に身近に感じました。
「そりゃあ会社は給料払ってるんだから、堂々とサボっていいなんて、絶対言わないよ。けど、僕らは機械じゃないんだ。だからさぼりたい時にはこっそりさぼって、それで後からまと頑張ればいいんだと、僕は思う。」
一気に肩の力が抜け、「頑張らなきゃいけない」という気持ちにがんじがらめにされていたその呪縛から解き放たれていくのが分かりました。
「ケーキ頂いたら、午後からは自分で営業回ります。ありがとうございました。」
私は気分が晴れやかになっていくのを覚え、先輩のように、気軽に顔を出せそうな仲良しのお客様のところにその日は行ってみようと思いました。
まだ若かった私の冴えない表情を見て声をかけてくれた先輩には今でも感謝の気持ちでいっぱいです。
あの日以来、私は自分の後輩やチームを持つようになってからはメンバーにこう言います。
「営業だからさ、会社にずっといないでお出かけしてね。山手線一周して寝てても、映画館行ってもマンガ喫茶でも、行先は任せるよ。年度末にみんなで笑っていられればそれでいい。日々、細かいことは言わないから。けど、もし私が話を聞いて何か助けになるんだったら、遠慮しないで何でも言ってね。」
どうしようもなくやる気が出ない時、あなたにはありますか?
そんな時、あなたはどうしていますか?