大好きな京都の和菓子屋さんの支店が自宅近所にあり、お抹茶のお菓子用にとよく買い求めます。
そろそろ柏餅やわらび餅も良いかもと、朝食を済ませた後にお散歩を兼ねてお店へ向かいました。
メインストリートに面しているとは言え、住宅街の一角にあるため、いつもはお店の中が混みあうことはあまりありません。
「こんにちは~」と顔見知りの店員さんに挨拶しながらドアを開けると客は私一人。
のんびりとお品定めを・・・・
と思ったのもほんのつかの間、次から次へとお客様が入ってきて、さほど広くない店の中はいっぱいになってしまいました。
GW期間中で端午の節句も近いこともあり、和菓子を求める人も普段より多いのかもしれません。
私は小篭に必要なものを取り入れ、支払いをしようとレジの方へ向かいましたが、そこに一人の老婦人が割り込んできました。
「あのね、これ、10個入りを熨斗付きで包んでちょうだい。それとね・・・」
白髪の女性がショーケースの品を指さしながら店員さんに話しかけます。
言われた店員さんは戸惑っているのを店長が見つけ、その老婦人に言いました。
「お客様、大変申し訳ございません。後ろのお客様の方がお先でしたので、お待ちいただけますか?」
「あら?そうなの?」
そう言って老婦人は私が抱えた小篭をちらりと見ると、私に向かって一言言いました。
「あなた、お急ぎ?」
特に急ぐわけではありませんが、私のほかにも並んでいたお客様はいます。
明らかにその女性は割込みで、割り込まれたのは私だけではありません。
ただ、老婦人は本当に急いでいるようで、通り沿いには彼女が買い物を終えるのを待っている車がハザードランプをつけて停まっていました。
私が順番を譲るのは簡単ですが、私の後ろに並んでいる方も飛ばされた側ですので、その方の言い分もあるでしょう。
「私は構いませんが、後ろの方もお並びでしたので。」
すると後ろの女性が言いました。
「いいですよ。急ぎませんから。先にやってあげて。」
店長は私たちに深々と頭を下げ、店員さんに老婦人の対応をするように指示すると、また別のお客様の商品選びの対応に戻っていきました。
老婦人はお買い物を済ませると、私たちには何も言わず、外で待っている車にさっさと乗りこんでどこかへ行ってしまいました。
ようやく私の番になり、店員さんに選んだ商品を渡したところで彼女が私の耳元で囁きました。
「さきほどはどうもありがとうございました。あのお客様、いつも割込みなさるんです。」
「え?そうなの?私、余計なこと、しちゃったかのかな?」
「いえ、本当に助かりました。ありがとうございます。お店の前にいつも車をお停めになって、警察から注意されたこともあるんです。」
「あのさ、Sさん。お客様のコト、あんまり言わない方が良いんじゃない? お客様だからさ。」
私が彼女の耳元で囁き返すと、まだ若いSさんは口をタコのように尖らせて「だって~」と言いたげな表情を作りました。
「あくまでもお客様だからさ。何かあるんだったら、直接お伝えするべきで、その方がいらっしゃらないところでネガティブなことを言うのは、Sさんやお店のレベルを落としちゃうと思うんだよね。せっかく美味しい和菓子を求めてお客様は来るんだもの。私もその一人だけど。だから、商品をただ右から左へお渡しするだけじゃなくて、気持ちよくお買い物をしていただいて、幸せな気持ちでお帰り頂く、そこまでして初めて、京都〇〇〇のお店の名に相応しい品格なんだと思うよ。」
私の後ろに並んでいた女性は店長が対応していて、他にはもうお客様もいなかったため、私はSさんにちょっとしたお節介話をしてしまいました。
「お店の品格って、大切だよね。京都〇〇〇の名前で来ている人もいるでしょ。だから、商品の味も大切だけど、それを取り扱うSさんたちの品格は、ある意味、それ以上に大切なんだと思う。あの白髪のおばあちゃま、今度同じようなことがあったら、Sさんがおばあちゃまに心を込めて必要なことをお伝えすればいいんじゃないかなぁ。何度もお買い求めくださっている、ある意味、お得意様なんでしょ? 地方発送とかなさってるから、お名前もわかるじゃない。確か、K様だった?次、同じようなことがあったら、『お客様』ではなく、『K様』って、ちゃんとお名前でお呼びするんだよ。『K様、いつもありがとうございます。お急ぎのところ恐れ入りますが、先のお客様がいらっしゃいますので、少々お待ちくださいますか。』とかなんとか。きっと、気持ちは伝わるよ。」
いつの間にか、有名和菓子屋さんでのちょっとしたコンサルになってしまいましたが、Sさんには私が言いたいことが伝わったようで、
「よ~し!今度は慌てないで自分でちゃんとお伝えします!」
とニコヤカに宣言してくれました。
お客様にもいろいろな方がいらっしゃいます。
迷惑がったり煙たがったり、そうすることは簡単です。
けれどもまずはしっかりと相対する。
お名前で話しかけ、相手の事情を理解し、気持ちを察し、その上で伝えるべきことは言葉を選んでしっかりと伝える。
きっと気持ちは通じるはず。
いえ、通じないかもしれません。
けれども、丁寧に真心をもって接すれば、きっと必ず通じるはず。
そう信じて応対することが大切です。
少なくともその方の悪口を言ったり、他のお客様に愚痴ってみたり、そのようなことは絶対にしてはいけません。
まだ若いSさんは、次からはきっと大丈夫。
絶品の柏餅を頬張りながら、次にお菓子を買いに行く時、Sさんはどんな風になっているのかと、新たな季節のお菓子と同じくらいにSさんの成長を楽しみに思うのでした。