誰だって変わることができる

人は自分都合で「事実」を作る

先日、こんなことがありました。

「Yさんのさっきの物言い、少しずつだけど変わってきた気がする。よーく気を付けないとわからないかもしれないけど、一緒にやっている仲間達は肌感覚で気づいているんじゃないかな。言葉では何も言わないけど明らかにYさんの周囲も雰囲気が変わってきた。」
こう言ったAさんに対して、Bさんは冷ややかに言い放ちます。
「全然ダメだよ。この前だって相変わらずだった。Yさんは変わりっこないよ。あの人はダメダメ。」

AさんもBさんも同じ「現実」に触れたにもかかわらず全く異なる事実としてそれぞれが受け止めていました。
人は目の前の「現実」を自分が見たいように見て、理解したいように理解して、「事実」を作ります。
ですから同じ現実が存在しても、AさんとBさんとでは事実が異なります。
Aさんは肯定的に捉え、Bさんは否定的に捉えるということも普通にあります。

人間は自分都合で物事を考えてしまう生き物ですが、「事実は自分が作っている。他にもある。」ということを忘れずにいなければなりません。

Yさんの小さな変化に気がつかないBさん。
かたや、Yさんの本当に些細な変化に明るい兆しを感じ取っているAさん。
この二人の違いは何でしょうか。
このケースに限って言えば、Yさんに対して期待を持って良いところを見ようと思って見ているか、どうせダメだめだと思って見ているかの違いになります。
つまり、どんな見方をするかによって、作り出す事実が変わってくることになります。

いつもいつも、なんでもかんでも肯定的に物事を見よとは言いません。
しかし少なくとも、チームやメンバーに対して目を向ける時、「前もダメだったから」とか「どうせ無理だから」という否定的、過去的視点ではなく、「無限の可能性」を信じて肯定的、未来的視点を持ち続けたいものです。

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