誰だって変わることができる

人は見たいものしか見ていない

テレビが一日ついていても心がそこにない時には、目で見ていても見ていません。音が耳に入っていても聞いていません。

街中に溢れている様々な広告。車に関心があれば新車の広告に自然と目が留まるけど、無関心であれば、そんな広告があることすら気がつきません。

仲間と共にレストランで食事をしていても、厨房に関心がある人もいれば、隣のテーブルでの会話に興味がある人、食器やテーブルクロス、店に飾られた花などインテリアに目を奪われる人など、人それぞれです。

人は自分が見たいもの、聞きたいものにはアンテナが自然と立ち、それを捉えようとアンテナが敏感に働きますが、そうでないものは目の前を通り過ぎたとしても全くなかったことのように気がつかないのです。

 

同様に、下ばかり見ていると空の青さや風の爽やかさ、夕陽の美しさや鳥のさえずりにも気がつきません。

不満ばかりを口にし、自分の不幸を嘆いてばかりでは、小さな幸せや物事の良い兆しも見逃してしまうでしょう。

自分の体験や考えばかりにこだわる人は、周囲に良いアイデアやお手本があっても、自分の都合でそれらを判断し、場合によっては否定してしまい、周りから嫌な人だと思われるかもしれません。

自分が傷つくことには敏感で傷つけた相手や事柄を批判することに一生懸命、他人の哀しみには鈍感で無関心な人もいます。

自分を正そうと必死で生きている人がいる一方、いつまでも相手を責め、自らに目を向けない人がいます。

 

あなたはどんなものを見て、どんなことを聞きたいと思っていますか?

何に対してアンテナを張り巡らせていますか?

意識しなければ、どんなに目の前に良い事が溢れていても、私たちはそれらが「ある」事にすら気がつかないのです。

私は毎日、願望が実現したとして、今、感謝する「予祝」を声に出して言っています。

そうすることで、目からも耳からその情報を脳にインプットし、自分のアンテナの感度を一層高くすることができるようになりました。

 

あなたはどんなものを見て、どんなことを聞きたいと思っていますか?

あなたのアンテナは、しっかりと感度高く働いていますか?

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