戦略人事

優秀な人材が去る理由:好意だけでは繋ぎとめられない組織の壁と経営者の盲点

「実は、会社辞めようと思ってるんです。」

とある企業のマネージャーが、打ち明けてくれた言葉です。
彼は社長が最も期待をかけ、可愛がっていると周囲から見られている人物の一人。
その言葉を聞いた時、私は驚きよりもむしろ、「やはりそうか」という確信にも似た感覚を覚えました。

なぜ、惜しまれるほどの立場にいる彼が、退職を考えてしまうのか。
そこには、経営者が気づかない「見えない溝」が深く存在していました。
そして、その溝は、彼のような優秀な人材にとって、すでに超えられない壁となっていたのです。

とても可愛がってもらっているし、引き立てもしてもらっている。
同期一番出世で、ありがたいと本当に思っています。

しかし、感謝と同時に、彼が私に打ち明けたのは、「自分の将来が見えてしまった」という、ある種の閉塞感でした。
トップの好意は確かに彼に届いている。
それでも彼は、それを受け取り、その環境に身を置くことに「躊躇」があると言うのです。

一生懸命考えた新規ビジネス企画も、結局はトップの考えに塗り替えられてしまう。
一応、説明はあったけれど、いつもそうなってしまう。うやむやになるんです。
結局、敷かれたレールの上を歩かされているだけ。
もっと挑戦したいし、自分の力を試したい。守られたいわけじゃないんです!

自分は可愛がっていもらっている。でも、そうじゃない人もいる。
自分から見たら尊敬すべきすごい人なのに、気に入られないと片隅へ追いやられている人もいます。

こうした経験の積み重ねが、彼の内に深い徒労感と諦めを生んでいました。
そして、社長は彼を「可愛がっている」がゆえに、この彼の心の動き、彼が感じている苦悩には気づいていないのです。

優秀な人材が組織に求めるものは、地位や安定だけではありません。

ここにいて、レールをひかれた上を歩いていくだけで、社長になれるかもしれない。
でも、今の状態では全く魅力的に思えない。

そして、その裏にあったのは、次のような強い思いです。

ここで小さくまとまるんじゃなくて、もっと自分は挑戦したい。
たとえ失敗しても、自身の力を確かめたい。

彼が求めていたのは、安穏な道を歩むことではなく、自身の力を試す機会であり、成長の実感だったのです。
トップからの好意や引き立ては、キャリアを築く上で重要な要素です。
しかし、それが個人の成長欲求や自己実現の機会を奪う形になってしまえば、かえって優秀な人材を失うリスクとなります。

無意識のうちに社員の主体性を奪い、成長機会を閉ざしてしまうリーダーの言動は、どれだけ「可愛がっている」と思っていても、優秀な人材の離反につながります。
表面的な関係性や好意だけでは、真にプロフェッショナルな信頼関係を維持することはできません。

「好意だけで人をつなぎとめることはできない。」

この事実を、経営者は真摯に受け止める必要があります。
優秀な人材を定着させ、組織を活性化させるために、リーダーは以下の5つの点を見つめ直すべきかもしれません。

  1. 真の「傾聴力」:
    相手の言葉の裏にある本音や、潜在的な不満、期待をどこまで聞き取れているでしょうか。
    形式的な「説明」ではなく、相手の主体性を引き出し、意見を尊重する対話ができていますか。
  2. 「心理的安全性」の構築:
    安心して意見を言える、たとえ失敗してもそれが成長の糧となるような環境が醸成されていますか。
    リーダーの意向が絶対ではない、健全な議論ができる土壌がありますか。
  3. 「挑戦と成長の機会」の提供:
    与えられたレールを歩むだけでなく、社員自身が道を切り拓き、自身の力を試せる機会を提供できていますか。
    具体的な役割や権限移譲を通じて、自律的な成長を促す関わり方ができていますか。
  4. 「自己認識の深化」:
    経営者自身の言動が、部下にどのような影響を与えているか、客観的に認識できていますか。
    無意識の行動が、意図せず人を遠ざけている可能性はないでしょうか。
  5. 耳が痛い進言」の受容:
    立場が上になればなるほど、耳が痛いことを言う人は減ってきます。
    その数少ない進言に、感情的にならず、受け止め、真摯に自らを振返る姿勢は、上になればばるほど必要です。

経営者の「好意」が、時に「善意の独善」となってしまっていないか。
今一度、組織と人への向き合い方を見つめ直し、社員一人ひとりの成長と自己実現を真に支援するリーダーシップが求められています。

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