戦略人事

M&A文化統合はPMIでは遅い|デューデリジェンス段階から始める三段階モデル

PMIフェーズでの組織文化統合に関する相談を、お受けすることが度々あります。

「契約は成立した。これから企業文化を統一していきたい。」
「せっかくの人材が離れないよう、リテンション対策を取りたい」

晴れて契約成立後、いよいよ組織統合の実行段階に取り掛かろう! という具合です。
しかし、「それでは遅い!」と私は考えています。

デューデリジェンス(DD)の段階から準備が必要。
これまでの経験から、私はこう思っています。

実際、組織文化が違いすぎるために、M&Aは実質的に失敗で、数年で物別れになったという事例を複数見てきました。
DDの段階で、双方の組織風土・文化についても確認しておけば、そもそもディールに至らなかった案件だと思われます。
これは明らかに、DD段階の取組みに抜け漏れがあったからに他ありません。

多くの企業が陥る”財務・法務DD偏重”

多くの企業のデューデリは、財務・法務・事業に集中します。
そして残念なことに、価値観、意思決定のスタイル、コミュニケーションの在り方などの文化は、「ソフトイシュー」として後回しにされがちです。

「数字さえ合えば、あとは何とかなる」 「文化の違いは、時間が解決してくれる」
そんな楽観が、どこかにある気がします。

文化DDを軽視することで生じる典型的な失敗

しかし、統合を阻むのは、多くの場合、数字ではなく「人」です。
文化DDを行わずに契約すれば、買収後に初めて「相容れない壁」に気づくことになります。

意思決定のスピード感が全く違う。
リスクに対する考え方が根本的に異なる。
コミュニケーションの密度や頻度が合わない。

そして、最も深刻なのは、価値観の断絶です。

何を大切にする会社なのか。
どんな仕事の仕方を良しとするのか。
そもそも、何のために働いているのか。

こうした根源的な問いに対する答えが、両社で大きく異なることに、統合が始まってから気づく。
その時には、すでにキーパーソンは離脱を決断し始めています。
混乱は現場に広がり、顧客にも影響が及びます。
投資の価値は、日々毀損されていきます。

「M&A自体は正しかったのに、統合が失敗した」

その多くが、文化の問題を契約前に把握していなかったことに起因しています。

M&A成功確率を高める”文化統合の三段階モデル”

これまでの経験を踏まえて、文化統合には三段階のアプローチが必要だと考えています。

【第一段階:DDフェーズ】
文化DDを財務・法務と並列に置く
まず、デューデリジェンスの段階から、財務や法務と同じレベルで、文化を評価の対象に入れるべきです。

・価値観のギャップはどこにあるか? :
  何を大切にしているか、何を許容できないかを、双方が理解する。

・組織風土の違いは統合可能か? :
  トップダウンとボトムアップ、スピード重視と慎重志向。 こうした違いを、どう調和させるのか。

・キーパーソンの離職リスクは? :
  統合によって失われる可能性のある人材は誰か。 その人たちは、なぜこの会社にいるのか。

文化DDを行わずに契約することは、構造的な負債を抱えてスタートすることと同じです。
後から返済しようとしても、利息は膨れ上がり、返せなくなることもあります。

【第二段階:契約濃厚期】
“先行投資”としての準備
デューデリジェンスが進み、ディール成立の確率が高まってきたら、「契約成立と同時に、すぐに動ける状態を作る」準備に入ることが、非常に重要です。
「成立してから考える」のではなく、「成立した瞬間に動き出せる」状態を作るのです。

・統合プランの事前設計:
  Day 1に何をするか。最初の100日で何を達成するか。 この設計を、契約前に8割完成させておく。

・経営メッセージ・コミュニケーション設計:
  クロージング初日に、経営陣は何を語るか。 従業員にどんなメッセージを届けるか。 言葉を選び、メッセージを練り上げておく。

・リテンション施策の準備:
  重要人材は誰か。その人たちをどう引き留めるか。 金銭的な手当だけでなく、役割やキャリアパスも含めて設計する。

この段階の準備の質が、Day 1以降の行動量を決めます。
そして、その行動量が、統合のスピードを決めます。

契約が成立してから「さて、どうしようか」と考え始めるのでは、遅すぎるのです。
その間に、従業員の不安は増幅し、組織は混乱し、優秀な人材は離脱を検討し始めます。
だからこそ、「先行投資」として、契約前に動く。

ディールが破談になれば、その準備は無駄になります。
しかし、この投資をしないことのリスクの方が、はるかに大きいのではないでしょうか。

【第三段階:Day 1】
心理的ケアと情報の空白を作らない初動
Day 1で最も重要なのは、従業員の心理に応えることです。

買収される側の従業員は、大きな不安を抱えています。
「自分の仕事はどうなるのか」 「評価制度は変わるのか」 「この会社の文化は失われるのか」
こうした不安に対して、情報の空白を作らないことが何より大切です。

すべての答えを初日に出せるわけではありません。
しかし、誠実に向き合う姿勢を示すこと。 今わかっていること、これから決めること、その判断基準を伝えること。それが、Day 1のコミュニケーションです。

そして、未来への期待を示すこと。
「私たちは、こんな未来を目指している」 「あなたの力が、必要なのです」
経営陣が、本気でそう語ること。

Day 1のコミュニケーションこそが、統合の「空気」を決め、その後の数カ月を大きく左右します。

買収される側の心理をどう扱うかが、M&A成功率を決める

ここまで丁寧に準備し、迅速に動くのは、買収される側の心理を間違わずに丁寧に取り扱うためです。

M&Aは、買う側にとってはビジネスの一手です。
しかし、買収される側の従業員にとっては、人生の大きな転機です。

これまで築いてきたキャリア。 慣れ親しんだ組織文化。 一緒に働いてきた仲間たち。
それらが、大きく変わるかもしれない。
不安、恐れ、抵抗。
それらは、当然の感情です。

その心理に向き合わず、「契約が終わったから、さぁ統合だ」と動き出しても、人はついてきません。

情報の空白を作らない。 不安に応える。 未来への期待を示す。
それを、契約成立の瞬間から、できる限り早く行うことが大切です。

人に対して「丁寧に対応」できる企業ほど、PMI後の統合スピードは速いのは、数多くの企業を見てきた、私の揺るぎない実感です。

文化はPMIの”付属物”ではなく、M&Aの血液である

文化統合は、PMIの「一部」ではなく、M&Aの「血液」です。
血液が流れなければ、どれほど立派な戦略も機能しません。
どれほど魅力的な数字も、絵に描いた餅に終わります。
そして、血液は、契約にサインする前から、すでに流れ始めているべきなのです。

デューデリジェンスの段階で、文化の適合性を診断する。
契約濃厚期に、統合の準備を整える。
Day 1から、組織に血液を送り込む。

この流れこそが、M&A成功の鍵だと、私は考えています。
経営者が見落としがちなのは、この「統合準備の開始時期」です。
いつ始めるかが、勝敗を分けます。

興味深いのは、この考え方を発信していると、マッキンゼーも同様の見解を示していることを知りました。
In conversation: Culture in M&A「Why assessing the cultural fit cannot be an afterthought in deal making」

「文化評価は、デューデリジェンス段階または統合計画の初期に開始すべき」
理論と実践が、同じ結論に至っているということかもしれません。

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