最近不思議な事に、メンバーや上司に対する「伝え方」の話の延長で、子供や奥様(またはご主人)、ご両親などのご家族についてご相談に発展するケースが増えてきました。
そんな中、日頃お世話になっているある部長さんから「どうしても姉の相談に乗ってやってください。」という熱心なご依頼があり、私より少しお姉さん世代に当たる女性Kさんのお話を伺ってみることになりました。
Kさんのお悩みは同居のお母さま。Kさんの実のお母さまです。
既に90歳を過ぎておられますが、何とかご自身の身の回りのことは自分でなさり、お天気の良い日は歩行器を使いながらお散歩にも出られます。
Kさんの悩みの種はそのお母さまのちょっとした物言いや行動がいちいち感に触ってしまうこと。同居を決めたことを後悔しており、弟の部長さんにも顔を合わせるたびにお母さまのことでこぼしている有り様。時折、そんな自分自身が嫌になってしまい、どうにも耐えられなくなるけれども、家に帰り、お母さまと顔を合わせるとまた、きつーい言葉を言ってしまったり、無視をしてしまったり、という事らしいのです。
「例えば、お母さまのどんな言葉にイラっとなさるんですか?」
「お友達と出かけるので今日はちょっと帰りが遅くなると告げると、飼っている猫にこれ見よがしに『みーちゃん、お母さん、今日は遅いんだって。』とか言うんです。嫌味なんですよ!本当に。」
「そうなんですね。そう言われると、Kさんはどんな気持ちになるんですか?」
「出かけることを咎められているような気になります。そんなにしょっちゅうじゃないのに!」
「そうですか。それはあまりハッピーではないですね。それで、そういう時はKさんはお母さまに何と言うんですか?」
「カチンとくるけどそこには触れず、『みーちゃんのご飯、忘れずにお願いね。』とだけ結構冷たく言います。」
「そうなんですね。カチンときた気持ちは黙っているんですね?」
「え?はい。時々、爆発することもあるんですけど。ホント、年寄りって年取ると、あーだーこーだと面倒くさくて。尾藤さんところはそんなことはないですか?」
「私は両親は田舎にいて普段は離れているので、Kさんのように、四六時中親の面倒を見ている方は本当に素晴らしいと思っています。何もしてあげられない分、両親には申し訳ないと思っているんです。だから、ずっと一緒にいてお世話をされていらっしゃる方の気持ちを100%分かることはできない。大変なことは山ほどおありでしょうから。経験していないと分からない事があると思います。ですが、一次的に帰省して両親の面倒を見ている姉がよく爆発しているので、ほんの少しは分かるような気もいたします。」
「お姉さんも?」
「ええ。しょっちゅう爆発していますよ。特に、父に対して。ただ、姉の気持ちは分かりますが、私は父の気持ちもわかるんです。」
「お父さんの気持ち?」
「はい。衰えていく自分と必死で葛藤している父の気持ちです。Kさんのお母さまはいかがですか?Kさんが同居なさってくださって、喜んでいらっしゃるでしょう? 部長さんだって可愛い息子さんでしょうが、お嫁さんにお世話になるのと実の娘に世話になるのとでは天と地ほど違いますものね。」
「そうですね。でも、最近は私も結構キツイこと言っているので、『来なきゃ良かった。』とか言うんですよ。本当にもう!腹が立つ!。」
「そうですか。お母さまはどんな気持ちでいらっしゃるんでしょうね?」
「え? 母の気持ちですか?」
「はい。お母さまの気持ちです。例えばKさんがお出かけなさる時にみーちゃんに話しかけた時はどんな気持ちだったんでしょうか?」
「・・・・。母にしてみれば悪気はないんだと思います。ずっと家にいて、出かけると言っても週1回のデイサービスと家の周りの散歩だけですから。私がいないとみーちゃんとお留守番ですから。尾藤さんが言わんとすることは分かります。でもそれって、私に我慢しろという事ですか?」
「いえいえい。我慢なんかする必要ありません。我慢は続きませんし、ストレスになりますから、それが溜まってしまったら余計に爆発してしまいます。だから我慢はよくありません。」
「じゃあ、どうすればいいんでしょうか?」
「『言わない(我慢する)』のではなく、『言い方を変える』のはいかがですか?同じことを言われても、すんなり受け入れられる場合と、カチンとくる場合とありますよね。お母さまとの関係性が壊れてしまっても構わないのであれば、どんな言い方をしても構わないでしょうが、お母さまとの関係性を今よりももう少しハッピーなものにして、Kさん自身も言ってしまった後にご自身が不愉快な気持ちにならないように、言い方、つまり、Kさんの『伝え方』を少し工夫してみるのはどうでしょうか?」
「・・・・・。」
「ただ、言葉をストレートに吐き出してしまって気持ちを相手にぶつけるのではなく、Kさんの言葉にKさんの気持ちを乗せるんです。」
「・・・・。」
「例えばですが、私の父はテレビを見ながらブツブツ文句を言う癖があり、姉はそれがとてもストレスなんです。ある時、姉が好きなプロゴルファーのMさんについて父がブツブツと批判めいたことを言っていて、それに姉がプッツンしてしまったんです。『私はMさんのこと好きなのに知ってるくせに!止めてよね。そうやって人の悪口言うの。不愉快極まりないわ!』」
「笑えない。私もお姉さんと同じか、もっとひどいかも・・・。」
「姉の気持ちはわかるんです。誰だって、自分の好きな人や大切なモノをけなされたら嫌な気持ちがしますから。ただ、私は姉にこう言ったんです。『お姉ちゃんの気持ちわかるけ、吐き捨てるような言い方じゃない方が良かったかもよ。』私も似たような事があって、私が好きな女優のHさんを父がブツブツと言い始めたんです。『お父さんはHさんのこと好きじゃないんだね。けど、私はHさん好きなんだ。だから、お父さんがHさんのことけなしたら、なんかすごい悲しいんだけど。』と。」
「お父さん、なんておっしゃったの?」
「『あんた、Hなんか好きなんかね?変わっとるね。』と一言ありましたが、ブツブツは止めてくれました。父にHさんを好きになってほしいわけではなく、ブツブツをやめてほしかったので、『変わっとるね』は余計な一言ではありますが、そこは受け流しました。」
「お姉さんは『やめて』『不愉快』とおっしゃったけど、尾藤さんは『悲しい』と言ったのね。全然違うわね。」
「そうですね。いえ、私は組織の中での自分のメンバーや仲間に対してですが、数えきれないほど山ほどの失敗をしていまして、その原因の大部分が『言い方』なんです。そんなつもりはないけど、相手を傷つけたり不愉快にして、結果的に関係性が悪化したり、メンバーが潰れてしまったりと。それで、何とかしなければと、かなりトレーニングしたんです。
最初は、言いたいことは言わずに我慢しなきゃいけないと思ったんですが、そうじゃないんですよね。目的は自分の感情を相手にぶつけることではなく、相手にこちらの伝えたいことを分かってもらうことなんだと。だから、直球ど真ん中を相手の胸めがけて投げつけるのではなく、相手が受け取りやすい球をその時に応じて投げることが必要なんだと。」
「言っている事は正論だわ・・・」
「ははは。そう、正論です。そしてそれは多分、相手が会社の相手であれ、家族であれ、誰であっても同じだと思うんです。ただ、家族の方が難しいとは思います。関係性が近いほど、こちらのワガママが出ますから。」
「本当にそうね・・・」
「Kさん、あのね、もしよろしければですが、時々こうしてお会いして、お茶でも飲みながら、『伝え方』のレッスンしてみませんか?私にお手伝いさせていただければ嬉しいんですけど。」
「そんな、費用払えないわ。第一、弟に怒られるわ。」
「費用なんていりません。今日みたいに、美味しいお茶と、時々、お菓子でもご馳走になれればそれでいいですよ。あ!洋菓子よりも和菓子がいいな、とリクエストしたりして。いかがですか? ご迷惑でなければお手伝いさせていただけませんか?」
「私はありがたいですけど、本当にいいんですか?」
「はい。もちろんです。部長さんにも本当にお世話になっていますし。こうやって、お話するだけどお役に立てるのでしたら、私もとっても嬉しいですから。」
言葉は何のためにあるのでしょう?
自分の言いたいことを伝えるため。自分の気持ちを伝えるため。
でも、ただ思いのままに一方的に発するだけでは、伝わるどころか全くの逆効果になることもあります。
また、主旨は伝わっても相手の感情を害してしまい、関係性を損ねてしまうことも。
同じ伝えるならば、相手との関係性も良好に保ったまま、こちらが伝えたいことを気持ちよく受け取ってもらえるようなそんな伝え方をしたいものです。
一言多い。
直球すぎる。
言い方キツイ。
相手の気持ちを無視している。
全てかつての私に向けられた言葉です。
そんな私でも「伝え方」を工夫することで驚くほど相手との関係性が変わりました。
何より両親との関係性は劇的に良好になり、周囲の人たちとの関係性も気持ちの良いものになりました。
我慢して言わないのではなく伝え方を変えてみる。
気持ちを言葉に乗せて、相手が受け取りやすい言葉で伝えてみる。
可能であれば、気持ちを乗せた言葉に愛も一緒に添えてみる。
私もまだまだ発展途上ではありますが、どんな言葉を発する時も、言いたいことを一方的に言うのではなく、受取る相手を思いやって優しい言霊を投げかけたいと思っています。