誰だって変わることができる

人の美点を見つけるのは能力である

良く例えられる例の一つとして、コップに半分の量の水が入っているのをどう捉えるかというものがあります。

「半分しかはいっていない・・・・」
と悲観的に考えるか、
「半分も入っている!」
と肯定的に捉えるか。

このように、物事を悲観的に捉えるか肯定的に捉えるかは、その人のモノの見方・考え方次第ですが、それを作家であり臨済宗のお坊様である玄侑宗久氏は、次のように言っています。

人の決定を探すのは本能であり、人の美点を見つけるのは能力である

ついつい人のあら捜しをしてしまう。悪いところに目がいってしまう。
これらは皆、人間の本能だと言うのです。
本能であれば、そんな自分を嘆いたり卑下することはありません。
だって、本能なのですから、そうなるのは仕方ないことなのです。

一方、人の良いところを見つけたり、物事を前向きに解釈したりするのは能力だと言っています。
この能力。もともとある程度備わっている人と、残念ながらそうではない人がいるようです。
しかし能力であれば、意識して鍛えることで、前向き度、肯定的理解度を上向きにすることは可能なはずです。
常にポジティブな人でも本能である欠点を探すというところはあるはずで、しかし、美点を見つける能力が優れているので、人のあら捜しをするようにはとても見えないだけなのでしょう。

ではどうやったらこの能力を鍛えることができるのか。
最初の一歩は、やはり言葉遣いではないでしょうか。
「言霊」というくらいですから、前向きな言葉を意識して使うことで、本能よりも磨いた能力が輝いてくるように思います。

どうしてできないの? ⇒ どうやったらうまくいくと思う?
苦手だ ⇒ 好きになる余地がある
面倒くさい ⇒ やりがいがある
頑張る ⇒ ベストを尽くす

ポジティブな言い換えソフトまであるというのですからビックリです。
しかし、私が思うに、言い換えを考えることに意味があるのではないでしょうか。

あ、これネガティブワードだ。どう言い換えたらいいかなぁ。
こんな風に思って考えている時点で既に、思考はネガティブからポジティブへ変換されつつあるのです。
検索ソフトで簡単に文字面を見つけても、本来の思考の書き換えには至りません。
美点を見つける能力を磨くには、最初は面倒で大変でも(←これもネガティブワードですね)、自分で考えることだと思います。

あなたの美点を見つける能力は10点満点中、何点だと自己評価しますか?
この能力が今よりも上向いたら、どんな良い事がありますか?

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