戦略人事

経験を宝にするか、阻害要因にするか ― ベテラン社員の明暗を分ける思考の罠

私たちは、これまでの経験や知識をもとに日々の判断をしています。
それはビジネスパーソンとして重要な力であり、長いキャリアを通じて磨かれてきた「財産」です。
しかし、その経験に縛られすぎると、思考が凝り固まり、新しい学びや発想を受け入れにくくなります。

ここでいう「固定観念」とは、「自分の思考の前提を疑えない状態」を指します。
つまり、経験を一度手放す勇気を失った状態。
変化が激しいこの時代において、成長を止めてしまう最大の要因かもしれません。

同じ条件で学んだ二人に、なぜ差が生まれたのか

生成AIに関する知識がまったくない2人の社員が、同じ専門家から指導を受け、同じ期間学び、実践するという取り組みを行いました。

Aさんは社会人歴15年、Bさんは8年。
どちらも生成AIは完全な初心者です。
2か月後、同程度の難易度のタスクに対するアウトプットを、指導した専門家が評価したところ、Bさんは80点、Aさんは40点という結果になりました。

Aさんは非常に真面目で責任感が強く、実務では確実に成果を出してきた優秀な人材です。
決して怠けていたわけではありません。
生成AI活用のチャレンジも、自ら望んで手を挙げ、積極的に取り組んでいました。

では、なぜこのような差が生まれたのでしょうか。

専門家が指摘した「見えない壁」

指導にあたった専門家は、この差について次のように分析しています。

「Aさんには、これまでの経験が邪魔をしている様子が見られました。一方、Bさんは素直に指導内容を実行し、試行錯誤を重ねていました」

実際、Aさんは、こう語っています。
「一つのアウトプットに対して、異なるAIを使い分けながら、何度もプロンプトを入れてブラッシュアップしていく作業に、最初は戸惑いを覚えました。」

この「戸惑い」の正体こそが、固定観念の影響かもしれません。

経験が「思考の型」を作っていた

Aさんの戸惑いの背景には、おそらくこんな思考パターンがあったと推測されます。

  • 「一度出した答えを、何度も作り直すのは非効率ではないか」
  • 「このアイデアは、自分の経験上、現場では使えないだろう」
  • 「もっと確実な方法があるはずだ」

これらは、長年の実務で培われた「正解を見極める力」です。
しかし、生成AIとの協働においては、この力が逆に働いてしまいます。

AIは膨大なデータから学習し、人間が思いつかない発想を提示してくれる存在です。
しかし、それを「使えるか/使えないか」という二択で評価してしまうと、可能性を引き出す前に判断が終わってしまいます。

一方のBさんは、「このアイデアをどう活かせるか」「別の角度で試したらどうなるか」と、柔軟に試行錯誤を繰り返していました。
素直に指導を受け入れ、プロンプトを何度も改善しながら、AIとの対話を深めていったのです。

Aさんの課題は、決して能力の問題ではありません。
むしろ、これまで積み上げてきた経験が、新しい学びの前提を固定化させてしまったという、誰もが陥りうる罠だったのです。

固定観念を手放す勇気が、学びを変える

経験は宝です。
しかし、扱い方次第で宝にも毒にもなります。

固定観念の怖さは、「無意識のうちに正しいと思っていること」が、変化への柔軟性を奪ってしまう点にあります。
そして、それは本人にはなかなか見えません。

生成AIのように、膨大な過去データを学習してアウトプットを生み出す存在と共に働く時代。
人間に求められているのは、「経験で判断する力」ではなく、「前提を疑う力」です。

「本当にそうだろうか?」
「なぜ自分はそう考えるのか?」
「別のやり方を試してみたらどうなるか?」

こう自問できる人ほど、AIを味方につけ、学びを進化させていけます。

これは、個人の問題だけではない

ここで重要なのは、この現象は個人の努力や意識の問題に留まらないということです。

Aさんのような状況は、組織のあらゆる場面で起きています。

  • ベテラン社員が、新しいツールや手法の導入に消極的になる
  • 過去の成功体験が強い人ほど、変化への抵抗が大きい
  • 「これまでのやり方」を前提に議論が進み、新しい発想が生まれにくい

これは、個人の資質の問題ではなく、組織が「経験をどう扱うか」というマネジメントの課題です。

では、固定観念を乗り越え、柔軟な思考を持つ組織をつくるには、どうすればよいのでしょうか。

1. 「正解を探す」より「可能性を試す」文化をつくる
結論を急がず、まず試してみる。
失敗を許容し、試行錯誤を評価する空気が、固定観念を溶かします。

2. 「知っている」で終えず、「なぜそう思うのか?」と問い直す習慣
ベテラン社員ほど、自分の前提を疑う機会が必要です。
「当たり前」を言語化し、問い直すプロセスが、新しい発想の出発点になります。

3. 異なる視点の人と関わり、思考の前提を揺さぶる
異文化や異業種との交流、若手との対話。
多様な視点に触れることが、固定観念を溶かす最高の刺激になります。

4. 学び直しの機会を、キャリアの節目に設ける
生成AIのような新技術の習得は、単なるスキル研修ではありません。
「自分の思考の前提を見つめ直す」絶好の機会です。

あなたの組織の経験は、いま”力”になっていますか?

経験は、過去の成功を支える力。
しかし、未来の変化を導くのは「疑う力」です。

経験を一度手放し、もう一度取り戻す。
その往復運動こそが、成長の証です。

固定観念を超えられる人が、変化を恐れず、時代の波を乗りこなしていく。
そして、そうした人材を育てられる組織が、この先の競争を勝ち抜いていくのだと思います。

あなたの組織の経験は、いま宝になっていますか。
それとも、成長を止める壁になっていますか。

『組織を強くする実践知』
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