マネジメント・リーダーシップ誰だって変わることができる

見た目で判断してはいけないけれど、見た目で判断されている

花粉症真っ盛りの今の時期になると、かつて私のチームにいたH君のことを必ず思い出します。
体育会野球部出身だったH君はチームでも人気者。いつも元気よく営業マンとしてもやる気十分。チームの稼ぎ頭でした。
そんなH君はかなり重症な部類の花粉症でした。春先になるといつも鼻水シュンシュン、目を真っ赤にしていました。

私たち営業はお客様のところへ出向く際、ハクション大魔王では仕事になりませんし、お客様に対しても失礼に当たります。
私を筆頭に花粉症のメンバーは薬を早めに飲んだりマスクをしたりして皆各自、対策を怠りませんでした。

ところがH君ときたらいつもノーマスク。薬も飲みません。
鼻水をズルズルとすすり、クシャミの連発具合も半端じゃありません。
正直、H君の鼻水をすする音を傍で聞いていると、私は気持ちが悪くなったこともあるほどです。
たまりかねて何度かH君に「薬飲んだ方がいいんじゃないの?辛そうだし。」と言ったことがあります。
すると彼から返ってきた答えはこうでした。
「花粉症の薬、高いじゃないですか。1カ月の辛抱ですから頑張ります。子どもに金かかって小遣いないんですよ。」

体育会出身のH君はまるで筋トレでもするかのように花粉症と闘っているようでした。
しかし本当に私が言いたかったのは「その鼻水をすする音、気持ち悪い・・・。お客様のところでもそれやってるのは最悪じゃない・・・」という事だったのですが、いつも歯に衣着せずに物言う私も「薬が高い」と言われて、「みっともない。感じ悪い」とは言えなくなってしまったのでした。

H君と同行セールスの日。相変わらず彼は鼻水ズルズル、時にクシャミの連発です。
それはお客様のところでも全く同じ。私は気が気でなく、彼が説明する内容にも集中できずにいました。
帰り際、挨拶を終えて応接室を出る際に、私だけが呼び止められました。
「尾藤さん、ちょっといいですか。」
先方の部長さんが私を手招きなさいました。
「H君はいつも一生懸命頑張ってくれていてありがたいんですが。だからこそ言わせてもらいますが、あの鼻水はちょっとマズいと思うんです。彼の評価を下げますよ。上司としてちゃんと言ってあげるべきだと思うんですがね。」

穴があったら入りたいほどの恥ずかしさに見舞われ、ご進言いただいたことへの御礼とマネージャーとしてメンバーの振舞いをしっかりと注意しきれていない事へのお詫びを言ってその場を後にしました。

情けないことに、部長さんからのご指摘に私は助けられた思いがしました。
薬が高いと言ったH君に、彼の現状が他人にどう映るかを伝えきれていなかった私は、部長さんの言葉を借りて彼に改善を促すことができました。
最初、H君は私に食って掛かりました。
「仕事はちゃんとしていました。見てくれとかそういうので判断してほしくないんですけど。」
鼻水をズルズルすすりながら不満そうに持論を唱えるH君に私は言いました。

「見てくれで判断してるんじゃないよ。営業として、いえ、社会人としてのマナーだと思うの。ブランド品を身につける必要はないけど、清潔な服装をしていた方が人として印象は良いよね。シャツの首回りが汚れていたり、ズボンにプレスが掛かっていなかったり、髪がボサボサだったりしたら、そういう人がH君を訪ねてきたらどう感じる?もちろん仕事がすごくできる人だと最初から分かっていたら話は別かもしれないけど、自分に会いに来るとき、いっつも汚れたシャツを着て来られたら、『なんだかなぁ』と思わない?それとおんなじだよ。H君の事を私はよく知っているけど、目の前で鼻水ズルズルすすられたら、やっぱり気持ちいい感じしない。同じように感じる人もいると思うよ。。薬が高いというのはそうかもしれない。けど、鼻水すする音を聞かされる方はH君に良い印象を持たないんじゃないかなぁ。結局、損するのはH君だと思うんだけど。」

最初、憤懣やるかたないという表情で話を聞いていたH君でしたが、最終的には分かってくれたようでした。
翌日からはマスクをつけ、薬を飲み症状の改善に努めるようになったのです。

私たちは見た目で人を判断してはいけません。
高級時計を身に着けていたり、ブランド物のスーツを着ていたり、それは時計やスーツが高級なだけであって、人物が立派なわけではありません。
しかし、私たちは見た目で人を判断してはいけないその反面、見た目や印象で判断されることが多いのも事実です。
だから高級品を身につけろということではありません。
人としての清潔感や誠実感などの「印象」はその人からにじみ出てくるモノとは別に、身に着けている物や持ち物である程度コントロールすることができますし、髪型や顔色、声の感じや話し方でも変わります。
咳やクシャミが出るのであればマスクをつけるというのはマナーの範疇であり、それを怠ることは却って印象を悪くするのです。

この一件以来、H君は自分はどんな印象を他人に与えているのか、どのように見られたいのかを自己コントロールすることを意識するようになり、今ではすっかりとヤングエグゼクティブ風にキリっと爽やかな風貌に様変わりしました。
擦り減った踵の靴に破れたカバンを持って鼻水をすすっていたH君は今はどこにもいません。
それは結局、相手に対するマナーであり敬意と誠意の表現なのだといえうことを彼はわかってくれたのだと思います。

花粉症の時期になると必ず思い出すH君のお話でした。

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