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課長に直接謝れなかった理由

お酒の好きな課長は酔うと少ししつこいというか、はっきり言って、酔った課長は私は嫌いでした。
飲んだ翌朝もアルコールの臭いがする時もありました。
でも一番嫌だったのは、飲んだ席で仕事のあれやこれやの話を繰り広げ、お説教ならぬお小言が始まることです。

先輩たちは皆、適当にあしらっていました。
「どうせ酔ってて覚えてないんだから、適当に返事しとけばいいんだよ。」
そんな風に言っていました。

まだ入社2年目だった私が課長から飲みの席でお説教を食らうことはあまりありませんでしたが、その日に限って絡まれてしまいました。
「お前はもうちょっと可愛げがあるといいんだけどな。」
と言った具合に。
カチンときた私は、上司に向かって言う言葉とはとても思えない失礼な言葉を吐き出すように投げつけ、その場を後にしました。

「お酒ばっかり飲んでないで、まともに仕事したらどうですか!課長のくせに!!」
後から先輩が追ってきて言いました。
「お前、あれはちょっと失礼だぞ。課長だから許されてるけど、他の課長だったら殴られてるぞ。明日、ちゃんと謝れよ。」
まだ頭に血が上っていた私でしたが、確かに暴言だったことを認めないわけにはいきません。明日の朝礼後にでも謝ろうと思いました。

翌朝出勤すると、なんだか会社の雰囲気が少し変でした。
朝礼の時間になっても課長はまだ来ていませんでした。
「どうせ昨日はあの後飲みすぎて、二日酔いかなんかで遅刻なんでしょ!」
そんな風に思っていたところに、業務課長がやってきて、臨時全体朝礼との声がかかりました。

「昨晩、営業三課長が亡くなられた・・・・」

支店は一瞬で静まり返りました。
我が耳を疑いました。
「え? だって昨日、あんなにご機嫌で飲んでたじゃない。」
信じられない思いでいるところに業務課長が続けます。
「電車の事故で、深夜の事だった。営業三課は当面、私が三課長代理を務める。通夜・葬儀などについては・・・・」

その後の連絡事項がどう告げられていたのかは覚えていません。
課長が亡くなった。私が覚えている最後の課長は、私の暴言に対して本気で怒った顔でした。
今日、謝ろうと思っていたのに。
酔っぱらった時の課長は嫌だったけど、分け隔てなく接してくれて、いつも肩ひじ張っている私を和ませてくれて、嫌いじゃなかった。「女だからとか言う周りなんかほっといて、どんどんやれ」と言ってくれた。何より、まだ一緒に仕事何もしていないのに・・・。

しかし、その課長はもういない。
人の時間は永遠ではない。
当たり前のように過ごしているその時間が、ある日突然、何の前触れもなく奪われてしまう。

結局、私は棺に納められた課長の亡骸に向かって心の中で詫びることしかできませんでした。

人間ですから感情に任せて良くない言葉を発してしまうことはあるかもしれません。
明日謝ればいいや。
今度会った時に、ゴメンって言えばいいや。
それまではそんな風に思っていました。

しかし、誰にも平等に訪れるはずの「明日」が来ないこともあるのです。
「あたりまえ」はこの世にはないのです。
ですから!

「ありがとう」も「ごめんなさい」も「助かったよ」も「申し訳なかった」も、その瞬間、瞬間に、しっかりと伝えたいのです。
後で、今度、ではなく、「今」「この時」にです。
だって、今度はないかもしれないのですから。

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