トップ営業マンとして走り続けているKさんは、「24時間働けますか!?」世代の人で、いわゆる「モーレツ社員」です。
有給休暇については殆ど取得したことがなく、この数年間で休んだのは、義父の葬式と盲腸で病院へ駈け込んで腹腔鏡手術をしたその翌日だけです。
バブルの頃はそれで良かったかもしれませんが、今は会社から有休取得を迫られたり残業削減で帰宅を急かされたり、Kさんの思うように好きなだけ仕事をすることはできません。
「好きで仕事しているんだから、無理に休めと言う方がおかしいんだよ。誰に迷惑かけているわけでもないんだから!」
会社からの度重なる「休んでください」のリクエストに憤慨しているKさんでしたが、よくよく話を聞いてみると、仕事が好きで仕方がないから休みたくないのではなく、別の理由で休みたくない、いえ、休めないシンドロームに陥っていることが分かりました。
それは、休んでいる間にトップの座から落ちたらどうしようという不安。
ライバルに追い越されてしまうのではないかという心配。
一日でも休んだら、その分、他に遅れをとってしまうのだから、常に走り続けなければいけないという強迫観念にも似たような切迫感でした。
確かにKさんをはじめ、Kさんの会社の営業成績が上の人たちは、モーレツ型の人たちばかりです。
それが社風なのか、そうしなければ上位を保てないのかは不明です。
「営業成績とか全く関係なく、今の働き方はKさんの理想?」
そう私は質問すると、Kさんは「そんなわけないじゃないですか!犠牲を払ってトップを死守しているんですよ。だからこそ誇らしいんですけどね。」と、私には意味不明な返事をしてくれました。
「犠牲を払ってのトップに価値があるの?犠牲とかなくってのトップの方が、全然カッコ良くない?」
私の素朴な質問に、Kさんは「まるで分っていないな、この人は」といった表情で答えました。
「犠牲を払わないトップだなんてあり得ないですよ。そんなにうちの仕事は甘くないですから。」
「ふーん。だとしたら、若い人は続かないんじゃないの。私は若くないけど、営業大好きだけど、犠牲の上にしか成り立たないんだったらやりたくないかも。犠牲を払わずにできるやり方でやりたいな。」
「そんなやり方があるんだったらとっくにやっていますよ!」
「そのやり方をKさんが考えて、または編み出して、形にすればいいんじゃないの?頑張って営業成績上げるのも素晴らしいけど、そっちの方がもっと会社のためにもみんなのためにもなると思うけど。
トップの成績を物凄い努力でキープし続けるのは素晴らしい事だけど、後に続く人は難しいだろうし、それよりも、誰もができることを形にしてあげることの方が、どれだけみんなからありがたがられるか、会社が助かるか、その比じゃないと思うけどな。」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情のKさんは、暫く私の顔をただポカンと口を開けて見つめていました。
「僕は1番でいたいんですよ。」
「うん。知っている。それは確か、みんなからの尊敬とかそういうのが欲しいってのがベースだったよね。もう、それは十分じゃないのかなぁ。尊敬を得るのに別の方法があってもいいんじゃないの?もっとみんなの役に立つ、会社のためにもなる、別の方法で。」
少しの間、ブツブツと言っていたKさんですが、「くそぅ!」と大きな声で机をバン!と両手で叩きつけた後、大きな声で言いました。
「やってやる!」
Kさんが休みたくないのはトップの座から落ちるのがイヤで休むのが怖かったからです。
しかしやり方を変えることでも営業成績に支障が出ないのであれば、休むことはやぶさかではない、いえ、ちゃんと休みたいと心の奥底では思っていたのでした。
モーレツ型のKさんがそのスタイルを変えて、どんなスタイルでトップ営業マンの地位をキープし続けるのか、私も楽しみで仕方がありません。
けれども一番楽しみにしているのは、いえ、楽しんでいるのは当の本人のKさんのようです。
事実、20年以上の営業生活の中でマンネリを感じていたようです。
新しいやり方に挑戦するという楽しみを得て、まるで水を得た魚のようにイキイキとしているのですから。
休めないのか、休みたくないのか、理由は様々です。
表面的な事柄に踊らされることなく、心の奥底の真因にスポットライトを浴びせることで変化へのきっかけがつかめたKさんの例でした。