誰だって変わることができる

周囲の力でガンダムスーツを脱がせてあげる

ある程度の経験を積んでからの転職は若い時のそれとは違い、一歩間違えるとガンダムスーツを着込んでしまう要因となってしまいます。
先日のご相談もそうでした。

今の職場に来てちょうど一年のFさんは、「仕事が属人化していてマニュアルも整備されていないため、色々と支障があって困る」と不満に近い問題意識を持っていました。
もとからそこにいる人たちは問題意識はないの?
マニュアルって本当に必要?
チームで動けるように働きかけはしている?

ともにこの問題について考えるメンバーから様々な質問が飛ぶ中、Fさんが度々口にするのは次のような言葉でした。
「僕はA社、B社などの大手を経て今があるんだけど」
「前のA社ではね」
そのたびに「Fさん、前のことは聞いてないから」と私からイエローカードが提示されるのですが、Fさんは度々「前の」話をしてしまいます。

「Fさん、今はここにいるわけだから、気持ちをここに置いてくださいね。」
と優しく(?)お願いして、更に問題の深堀をしていきます。
いろいろ支障ってどんな支障?
それってマニュアルがあると解消される?
マニュアル以外で解決策は何が考えられる?

様々な質問とその解答が繰り広げられる中、Fさんの表情が何かをきっかけに変わりました。
例えて言うならば、「僕はTOEIC800点だから、英語でのやり取りとか問題ないよ。(自信満々)」から、「僕、800点は本当は盛ってて、ヒアリングはちょっと不安があるし、スピーキング自信ない。グーグル翻訳に頼れるライティングならいいんだけど。」くらいに違いました。

「Fさん。本当にFさんが困っていることは何ですか?」
改めての私の問いに、Fさんは小さな声で下を向いたまま答えてくれました。
「まだこの会社の色々なことに慣れていなくて、この会社で必要な業務知識も追いついていなくて、けど相談する人もいなくて、それで支障が起きているんです。」
付きものがおちたように純粋な表情になっていたFさん。
転職と同時に気がつかずして着込んでいたガンダムスーツを脱ぎ去ることができた瞬間でした。

「今の業務の質、量は、今のご自分でやっていくのにアンマッチだという理解でいいですか?」
「頑張りたいとはもちろん思っているし、この年で転職しているんですから求められるのも当然だと思っています。けど、正直、今は追いついていないと思います。悔しいんですけど。」

自分の認めたくない事実を正直に認め、それを他人に自分の言葉で言うことができたFさんは、心なしかほっとしたような爽やかな表情でさえありました。
ここまでくると、あとは皆、どうしたらFさんにとってベストかを共に考え、解決策、行動計画を練り上げました。

話し合いを終え、みんなに感謝の言葉を述べるFさん。
「この時間、本当に良かったです。みんなが僕のために僕のことを真剣に考えてくれる。ありがたいです。一人で空回りするんじゃなくて、仲間がいるんだと思いました。分からないことは分からないと周囲に尋ねようと思います。」

「何が一番良かったですか?」

「色眼鏡で見られないこと。何を言っても、カッコ悪い事でも受け入れてもらえるんだという安心感。みんな誰もが平等でお互いがお互いを尊重しているんだという空気感。」

「一つじゃないね。」

「一つじゃありません(笑う)」

Fさんに限らず多かれ少なかれ、転職した人は新しく受け入れてくれる企業の期待値に答えようとガンダムスーツを着込んでしまうことがあるかもしれません。
しかし、自ら気づかずしてどんどん重ね着してしまうことになると、自分で自分の首を絞めることになりかねませんし、何より周囲から見た時、「あの転職してきた人、ちょっと嫌よね・・・」となってしまいます。
そうならないためのたった一つの効果的な方法。
それはFさんの言葉にあるように、「心を開いて話をする」ことだと思います。

過去に私が勤めていた会社で「鳴り物入り」で転職してきたマネージャーHさん。
前職ではトップ。数々の成果。すごい人が来るよ。
こんな前評判が広がり、転入時の挨拶で社長がHさんを紹介する時には
「うちにはもったいないくらいの素晴らしい人が来てくれた!」
と大歓迎の言葉でした。
異業種であってもそれだけすごい人ならうちでもスゴイに違いないと誰もが期待したのです。
ところがHさんはなかなか仕事にも会社にも慣れることができず、分からないことも多々あったのですが、メンバーはおろか同じマネージャーの私にも質問・相談することができず、どんどんと表情が暗くなり、結果、転職してきて1か月を迎えることなく辞めていってしまいました。
Hさんと私達との会話と言えば、前職での偉業についてばかりで、Hさん自身を良く知ろうとしていなかったし、そんなに深く悩んでいたとは考えもしていませんでした。
結果、Hさんを質問できない、分からないと言えない状態に追い詰めてしまったのかもしれません。

マネージャークラスの転職なのだから甘えたこと言うなというご意見もあるでしょう。
しかし、どれだけ職位が上がろうとも、分からないことを分からない、知らないことは知らない、知らないことは教えてほしいと素直に言うことができる人としてのスタンスは必要ですし、前段として、それを当たり前に受け入れる環境も必要です。

今回、鎧を脱ぎ捨て去ることができたFさんを見て、Hさんの事を思い出したのは、Hさんにそのような場を提供することが当時はできなかったその反省と共に、今回は多少なりともFさんのお手伝いができた嬉しさがありました。
人がガンダムスーツを着込んでしまうのは、もちろんその当事者の問題によるところが多いでしょう。
しかし意図せずとも周囲の環境がそうさせてしまうこともあり、また、スーツを脱ぐお手伝いを北風ではなく太陽のスタンスで周囲ができるということも忘れずにいたいものです。

タイトルとURLをコピーしました